
・テレビ発言
【放送日時】
2016/06/10
【TV局】
TBS系
【番組】
ぴったんこカン・カンスペシャル
【カテゴリ】
発言・失言
【発言者】
古舘伊知郎(61)、徳光和夫(75)、安住紳一郎(42・TBSアナウンサー)
【発言内容】
(放送開始から67分後から)
徳光和夫に謝らなければならないことがあるという古舘伊知郎
古舘「私が去年の12月の末に『報道ステーション』あがらせていただきます、12年間ありがとうございましたっていうのを発表して、年が明けて、徳さんに1月の初旬にすっごいお手紙をいただいて…」
徳光「いやいや、そんな…」
古舘「もうまず中身がぐっとくるやら、それから徳さんの達筆にあてられっぱなしで、でこれどういう風にしてお返ししようかってそのまんま忙しさに忙殺してお手紙返してないんで、今度ラジオに呼んでくださるっていうんで、ラジオの時にお渡ししようと思ったんですけど、今日来てくれるっていうんで、書いて…」
徳光「手紙?」
古舘「すみません、本当、遅ればせて本当すいません」
徳光「じゃ、読ませていただきます。『それにしましても、私がニュース番組を降りると発表いたしました後に、徳さんから本当にありがたいお手紙を頂戴したにも関わらず、ご返事すら出していないこの無礼なんとも言い訳もできません。お恥ずかしい限りです』…なんか俺照れるな、これ」
古舘「じゃ、私が読んだ方がいいですか?」
安住「古舘さん、お願いします」
古舘「読ませていただきますね。ちょっとじゃ、少し省いて。『あんなにも優しくあたたかく、そして私がもがいてきたことを分かってくださり、評価してくださった手紙は徳さんのお言葉をおいて他にありません。あまりにもありがたいお言葉と目を見張るほどの達筆ぶりにあてられ、どんな手紙を出そうかなと考えているうちに日々の仕事に忙殺されてこんなに時間が経ってしまいました。申し訳ありません。ちょっと前に新聞で徳さんの円熟の笑顔に出会うことができました。記事の中には休日、茅ヶ崎のご自宅で庭先にくる小鳥たちを愛でながら得も言われぬ幸福感に見舞われるのだという内容でした。徳さんもそういう境涯に至られたのかなと深く感じ入りました。私もいつかそんな心境に至れるのかなとちょっと憧れる気分になりました。同時に徳さんにお世話になったいろんなシーンが蘇りました。私がまだ局に入りたての頃、テレビ朝日のアナウンス部で小さな画面から流れていたあの『噂のチャンネル(金曜10時!うわさのチャンネル、日本テレビ系)』の中で白覆面の魔王『ザ・デストロイヤー』に四の字固めをかけられて今、痛みが五臓六腑に突き抜けてまいります。ちなみに私、明日父兄参観日であります。どんな顔をして学校へ向かえばいいのでありましょうか。といったあの名台詞』今ちなみに父母参観日って言わないといけないんですよね。でも当時は父兄参観日。『あの名台詞、半分芸能人、半分サラリーマン、曖昧模糊とした局の人気アナウンサーの立場というものを見事に打ち出しつつ自分を笑ってみせる喋り。こんなウィットに富んだことが喋れるアナウンサーになりたいと思った瞬間でした。さらに番組の転機を迎えられた時に電話で『古舘、お前だから言うけどさ、朝の『ズームイン朝』っていう番組に俺張り付きになるんだよ』という話を僕にしてくれたこと。秘密を僕に伝えてくれた事がとても嬉しかった記憶も蘇ってきました。さらに月日は流れて徳さんのご長男のご披露宴に呼んでいただいた時、私は故・清水一郎(享年64・元日本テレビアナウンサー)アナウンサーの隣でした。私の喋りに手厳しい批評をされ、それでもお前は見込みがあるから頑張れと褒めてもくれました』」
徳光「清水さんね」
古舘「『そして徳さんがお開きの代表謝辞をされた時、徳さんはご自分の奥様のことをあえていじって『結婚当初は白魚のような手に惚れましたが今はししゃものようです』と言って会場を笑わせた事、ここは家庭を重視しなければいけないはずなのに客前ではどうしても芸の道に走ってしまう、いい意味での負らしさに私は大いに刺激を受けたのです。やはり大先輩のみの(もんた(71))さんに対しても私は同じ気持ですが、本当に徳さんには随所随所でお喋りの芸に触れさせていただきました。これからもそんな徳さんの素晴らしい喋りのエッセンスを少しでも身の内に刻んで報道以外の仕事をやらせていただけたらなと考える今日このごろです』っていうようなことを書かせていただきました。すみません」
徳光「本当にありがとう。ちょっと過分な、過分なお言葉をいただきました。ほんと恐縮しております。遠慮なく。大切にさせていただきます」
古舘「とんでもないです」
徳光「ぜひ棺の中に入れさせていただきます」
(放送開始から71分まで)