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萩本欽一芸歴56年!お笑い界の地位を上げた男

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萩本欽一芸歴56年!お笑い界の地位を上げた男

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【承認不要】萩本欽一芸歴56年!お笑い界の地位を上げた男

【放送日時】
2015/09/23

【TV局】
日本テレビ系

【番組】
1周回って知らない話

【カテゴリ】
出来事

【発言者】
萩本欽一(74)、東野幸治(48)、川田裕美(32)、柳沢慎吾(53)

【発言内容】

9月23日放送の『1周回って知らない話』(日本テレビ系)に萩本欽一(74)が出演し、かつて視聴率100%男と呼ばれたほど、テレビ番組で活躍していた過去を明かした。


(放送開始から約49分後)

(VTR)
1960年、多くの芸人を輩出した東京・浅草で、わずか18歳にしてコメディアンとしてのスタートを切った欽ちゃん(萩本欽一)は、1966年、のちにお笑い界の頂点を共に掴む事となる坂上二郎と「コント55号」を結成。1968年、お昼の生番組(お昼のゴールデンショー)への出演をきっかけに大人気に。その人気ぶりはと言うと、生放送の会場に入りきれず、外に溢れ出てしまった欽ちゃんの追っかけ女子が5,000人以上もいたというほど。さらに同じ年、コント55号として初の冠番組がゴールデンタイムでスタート。視聴率はまたたく間に30%を超え、コント55号の人気は不動のものとなった。(コント55号)コンビとして爆発的人気を得た欽ちゃんは、1971年、ピンとして初めて司会を務める番組に出演。それが、山口百恵や中森明菜、小泉今日子らを世に送り出した伝説的オーディション番組『スター誕生』そして1981年『欽ドン』がスタート。遂には、夜9時台にスタートさせた3番組の視聴率合計が100%を超え、視聴率100%男と呼ばれるまでになったのである。そして37年前(1978年)から始まった『24時間テレビ 愛は地球を救う』の記念すべき第1回目の総合司会者として出演。その後も7年連続で総合司会やチャリティーパーソナリティーなどを務め、芸人としてだけでなく司会者としても、雲の上の存在となっていったのである。

(スタジオ)
東野「分かって頂けましたか?」
萩本「このVTRの短さを考えると、大した事やってません」
東野「いやいや、やってますよ!(観客に)コンビって知ってた人?欽ちゃんが」
東野「あ、何人かね、3、4人ぐらい」
萩本「(観客に向かって)家庭がうまく行ってるのよ、お父さんとかお母さんとか、ず~っと会話の中に55号が出てきてんのよ」
萩本「だから他(の観客たち)はもうね、家族がめちゃめちゃ!」
(一同笑い)
東野「悪い人やな!悪い芸風!」
萩本「昔はだから1つのテレビをみんな家族で見たんですよ」
東野「あ、全員で見た、という」
萩本「だからそういう、まだず~っとその歴史が続いてるという」
東野「でも欽ちゃんはコント55号っていうコンビ組んでましたけど、ネタも(相方の坂上)二郎さんは全く知らずに舞台に上がるんでしょ?」
萩本「お前どうしてそんな詳しい事知ってんの?」
東野「あの~、昨日の夜ウィキペディアで調べました」
(一同笑い)
東野「違います違います」
萩本「コントってのは台本あったり稽古するってのは、それはコントとは言わないって。それは、それは違う」
川田「それは、あ、お芝居だっていうような事になっちゃうんですか?」
萩本「そうそうそう、それはコメディ」
東野「さっきのVTRで、ビール飲めっていうコントあったじゃないですか、あれも二郎さん何も分からず入ってきてるんですか?」
萩本「だから二郎さんは知らないって」
川田「そんな感じで」
東野「だから二郎さんもスゴイですよね」
川田「いやホント」
萩本「ですから(二郎さんは)相当腕があるから、あの~そんな心配は何もないですね」
東野「初めてテレビで、一般の方にインタビューして笑いを取るっていう方式を編み出したのも欽ちゃんですし、もう小っちゃい事言ったら、ピンマイクも欽ちゃんですし」
(一同、エーーッ!)
東野「そんなん言うたら、昔はハンドマイクで、こうコントする時とか紐つけて首から巻いてやってたのよ、で、欽ちゃんがもっとこう、小っちゃいのないのか、みたいなんで、皆が創意工夫してこういうピンマイクが編み出されたんですよね?」
(一同、エーーッ!)
東野「でしょ欽ちゃん?」
萩本「まぁ、あ、まぁまぁ、ね」
東野「ほら!ほら!」
川田「わ~!スゴい!」
(一同、エーーッ!スゴーイッ!)
萩本「あのこういう時ってさ、どういう顔して聞けばいいの?」
川田「そうですよね」
(一同笑い)
萩本「バラエティーだかなんだか、頭パニックになってきちゃった!」
東野「(そう言いながら)目が言ってんねん、東野もっと言え、と!もっと言え、俺のスゴイとこもっと言え、と」
(一同笑い)
東野「だからもう声を大にして言いたい、欽ちゃんっていうのは、今のバラエティーを作った方なんですよ!全てを!もう本当に!」
(一同、エーーッ!)
萩本「ちょっと!ちょっと待って!え~ってのがいるんだけど!すぐ教えろよ!」
(一同笑い)
東野「慎吾さん!」
柳沢「あの、欽ちゃんはね、このバラエティーを作った人なんですよ!」
萩本「そっちに言う!」
東野「全員に!」
萩本「司会者!(東野)ツッコミが弱すぎ!」
東野「よう言いますわ!俺欽ちゃんから習ったんですよ!」
萩本「何を?」
東野「ゴールデン(番組)行ってツッコミがキツいと怒られるから、ちょっとこうナヨッとした女っぽいツッコミの方が(テレビ)見てる方はいいですよ、っていう、俺、あなたの教えでツッコミ変えたんですよ!覚えてらっしゃいますか!」
(一同笑い)
東野「話が全然、違うじゃない、の!(と萩本の膝をポンと叩く)」
(一同笑い)
東野「え~女性の方質問、欽ちゃんに何でもいいですよ、お願いします」
観客からの質問:ギャラとかも凄かったんですか?
川田「あ~、お金はね」
萩本「あ、ギャラ」
東野「ギャラの話なんですけど、当時はコメディアンの地位っていうのは?」
萩本「え~コメディアンは一番安かったです」
東野「やっぱ歌手が一番高いんですか?」
萩本「いや、映画俳優さん。ゼロ(桁)が2つ違いますね、お笑いと」
東野「ゼロが2つ違うんですか!?」
萩本「はい」
東野「じゃあ映画俳優の方が100万もらってたら、コメディアンは1万?」
萩本「1万円は、高すぎでしょ」
(一同、エーーッ!)
東野「最初はそうだとしても、そっからいろいろ番組に出て、欽ちゃんの冠番組も出てきたら、どんどんどんどんギャラも上がっていくワケでしょ?」
萩本「正直言って、それから、ゼロ(桁)が一番下だったけど、一番上の、とんでもないとこもらってました」
(一同、エーーッ!)
東野「ちょっと欽ちゃんお金の話してくれるじゃないですか!」
川田「わ~!ちょっと夢がありましたね、やっぱり」
東野「一番上行きました!?」
(一同笑い)
萩本「お笑いはだから、今、一気に高くなってると思います」
東野「そうですよ!欽ちゃんと(ビート)たけしさんのおかげで我々お笑い芸人の地位はすごくあがったって、ホントですよ!」
(一同、へぇ~!)
柳沢「しかもさ、時代はバブル来てますよね」
萩本「はい、バブルの絶頂期」
柳沢「88年89年90年、スゴイよもう、パッカパッカだよ!」
(一同笑い)


(放送開始から約59分40秒後)
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